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池田氏とは

池田氏という言葉を聞いても、よほどの歴史マニアの方でもない限り、ちょっとピンとこないというのが実際のところではないでしょうか?ここでは、池田城跡公園内の掲示物その他の資料から分かった範囲で、池田氏とは何かということについて、解説させていただきます。

池田氏とは、戦国時代、すなわち1400年代後半から1570年くらいまでの間に、現在の大阪府池田市一帯をおさめていた武将です。

池田氏の先祖については、諸説ありますが、現在の宇保(うほ)から神田(こうだ)のあたりにあった呉庭荘(くれはのしょう)に暮らしていた人々ではないかという推定が有力です。この人々が1400年代半ばくらいから徐々に勢力を増していき、ついに池田城を築き上げ、そこを拠点にしたものと考えられています。

池田氏は戦国時代の武将ではありますが、いわゆる戦国大名というわけではなく、戦国大名の家来という位置づけになります。

その頃、池田の周辺には、池田氏のほかにも戦国大名の家来がおり、吹田の吹田氏、伊丹の伊丹氏、能勢の能勢氏はとくに有名です。これら戦国大名の家来は、現在でいう市町村程度の領域を支配しており、それぞれ支配の拠点として城を構えていました。なお、こうした武将のことは一般に「国人」と呼ばれています。

戦国大名の家来であった池田氏は、しばしば戦国大名らの紛争に巻き込まれ、池田城もしばしば落城の憂き目にあっています。また、池田氏の内部でも紛争は発生しており、城主である池田勝正は、その家来である荒木村重によって城から追放され、それ以降、池田氏は荒木村重の家来となります。

こうして荒木村重の家来になった池田氏は、江戸時代以降はどうなってしまったのか定かではありません。

他の多くの武将同様、池田氏もまた、時代の波に翻弄され、過酷な運命をたどる結果となってしまったようですね。戦国時代というと、とかく織田信長、豊臣秀吉クラスのスターばかりが注目されがちですが、池田氏のような地方の小規模の武将について知識を深めるのも面白いかも知れません。
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